2021年4月5日月曜日

奥田 英朗 イン・ザ・プール (文春文庫)

 


『7日間ブックカバーチャレンジ』番外編ラスト34日

 東京オリンピックの代表選考を兼ねた競泳の日本選手権、女子100メートルバタフライ決勝で池江璃花子選手が優勝し、東京オリンピック出場が決まったそうです。白血病と診断されたのが2019年2月ですから、白血病発症から2年ちょっとで日本選手権優勝、オリンピック出場内定など、とんでもない奇跡を実現しているのだと思います。このまま、オリンピックでも活躍してくれる事を祈念しています。

 さて、今日お勧めする本は、強ストレスの中、精神的な病が当たり前のようになってしまった今の社会に脱力の可能性を提示する、ユーモア小説です。

 本書は連作短編小説ですが、主人公は伊良部総合病院神経科を受診する患者達です。それぞれ、プール依存症の編集者、陰茎強直症の会社員、被害妄想癖のあるモデル、携帯電話依存症の高校生、強迫神経症のルポライター。彼らを診察するのは、40代前半の色白のデブであり、ロリコンかつマザコンの医学博士伊良部一郎。

 本書の魅力は、伊良部一郎のデタラメな診察と日常です。しかし、それが患者それぞれの症状に効果的に働き、それぞれ回復に向かっていくのです。例えば、表題作『イン・ザ・プール』では、プール依存症の患者と同じくプールに通い詰め最後には夜中のプールに忍び込み時間を気にせず泳ぎまくろうと患者を誘ったり、携帯電話依存症の高校生には、携帯購入して、メールを教わり、その高校生より依存気味にメールを送りまくります。

 それぞれの回で共通するのは、伊良部は患者と同じ目線で会話をし、むしろバカにされながら、それに気づいているのか不明ながら、患者の唯一の話し相手になっていきます。伊良部の普段の様子がデタラメが過ぎているので、たまに発するまともな発言のインパクトが素晴らしいです。

 例えば、「つまりストレスなんてのは、人生について回るものであって、元来あるものをなくそうなんてのは無駄な努力なの」「とにかくストレスの元などへたに探そうとしないことだね。どのみち心身症になるような人間は、思い当たったところでそれを根絶できないわけだから」その他にも、「一目で被害妄想だってわかったよ。でもさ、そういう病って否定しても始まらないからね。肯定してあげることから治療はスタートするわけ。眠れない人に眠れって言っても無理でしょ、眠れないなら起きていればいいって言えば患者はリラックスするじゃない。結果として眠れる。それと一緒」

 この、伊良部のデタラメが持つ破壊力に身を任せるのも良い事と思いますので、是非、ご一読ください。

0 件のコメント:

コメントを投稿