2021年4月30日金曜日

貴志 祐介 新世界より上中下巻 (講談社文庫)

『7日間ブックカバーチャレンジ』番外編ラスト9日

 テレビで、90年代に大流行したたまごっちのお葬式についての昔の映像が流れました。これをみて、お葬式はあくまでも生きている自分達の気持ちのためだけに必要なイベントなのだとあらためて思いました。なぜなら、仮想空間で存在していたたまごっちのお葬式には、そのゲームの持ち主の気持ちを慰めたり、ケジメをつけたりする効果しかないわけですから。仮想の世界は思っている以上に私たちの日常を乗っ取ってしまっているようです。

 さて、今日お勧めする本は、超能力(念動力)のある世界をモチーフにした、SF小説です。

 本書の魅力は、超能力(念動力)のある世界をモチーフにすることにより、人種差別や格差社会などについて考えさせられるところです。

 主人公は渡辺早季。彼女は、約1000年後の日本、神栖66町に生まれ、学校に通っています。その学校は、呪力と呼ばれる、超能力の習得を訓練するための学校で、呪力の発現前は、現代の小学校のような学校に通い、呪力に目覚めてからは、全人学級という超能力の訓練を徹底して行う学校に通います。

 早希の住んでいる神栖66町は、八丁標という結界で囲われた平安な土地ですが、一歩八丁標の外に出ると、危険な世界が広がっています。その一つが、バケネズミです。人間は自分たちより遥かに多く存在するバケネズミを支配し、奴隷のように使役させています。しかし、あることがきっかけとなり、バケネズミの大反乱が起こってしまうのです。

 本書を読んだ時に私は、まず、壮大なスケールで描かれた世界観に感動し、その世界の格差や差別の描写に深く考えさせられました。SF作品ならではの異世界を楽しめる作品です。是非ご一読ください。

 

2021年4月29日木曜日

西 加奈子 サラバ! 上中下巻 (小学館文庫)


『7日間ブックカバーチャレンジ』番外編ラスト10日

 娘が自転車を漕いで乗れるようになりました。ほんの数十メートルですが。きっと、この日を忘れないのでしょうね。私は今でも父親と一緒に自転車の練習をして初めて乗れた日のことはよく覚えています。娘もこれから様々な身につけるべきことがありますが、きっと前向きにのりこえていけるのでしょう。自転車に乗れるようになる事は、努力で自分の世界を変える劇的な成功体験だと思うのです。

 さて今日お勧めする本は、虚栄心など、人目を気にする自分と向き合う小説です。

 主人公の歩は、小さな頃からルックスが良く、優れたバランス感覚によって、上手に周りの期待に応えることのできる子供でした。歩の家は父と母、そして姉の4人家族です。しかし、あることがきっかけで、両親が離婚してしまいますが。歩の最大の悩みであり、コンプレックスは、姉の貴子がその場所で一番のマイノリティであろうとすることに全力を注いでいるような超個性的な人間であったことでした。

 本書は、歩が生まれてから40手前になるまでの自叙伝として書かれています。前半は輝かしく、家庭に不和が訪れても、自身のバランス感覚と逃げる能力で、明るい日常を過ごす歩が描かれています。唯一の悩みは、変わり者の姉貴子の存在ぐらいです。そんな歩が、後半では打って変わり、ひたすらに落ちぶれていきます。本書の中の表現で、「奈落の底にも段がある。僕は数センチに満たない高さの段をひとつ上り、なんとか澄江を下に見ようとした。」とあります。歩は相対評価など、他人と比べてしか自分の価値を実感できないのです。

 そんな、いつも誰が上で誰が下かということばかりにこだわりすぎて、自分を見失ってしまう歩を救うのは、それまでとことん毛嫌いした姉の貴子でした。

 タイトルであるサラバという言葉の意味や、歩のたどり着いた境地については、本書を読んで、ご自身で味わって欲しいと思います。是非ご一読ください。

 

2021年4月28日水曜日

菅 広文 京大芸人 (幻冬舎よしもと文庫)


『7日間ブックカバーチャレンジ』番外編ラスト11日

 勉強しない受験生の親はこんなにもドギマギするものなのかと、我慢の日々が続いています。ついつい、本人のためにならないだろうお説教をしてしまう事もあります。しかし、今日は本人から嬉しい報告がありました。曰く、自分はYouTubeなど見る事をやめられないから、見る事をやめるのではなく、見るものを変えるようにするとの事。例えば、YouTubeのこれまでのチャンネル登録を解除して、勉強関連や志望校の動画を新たにチャンネル登録するとか、寝る前に聴いていたラジオ番組をラジオ英会話に変えるなど。受験に向けて、いろいろ考えて取り組んでいる事がわかりました。まだまだ始めたばかりとの事ですが、陰から応援に徹したいと思いました。もちろん、自分の親はどれだけ神経が太かったのかと、尊敬の念は高まるばかりです。

 さて、今日お勧めする本は、高学歴お笑い芸人ロザンのデビューまでを書いた小説です。

 本書の魅力は、京大卒宇治原の超人的に合理的な勉強法がつまびらかに公開されているところです。

 本の帯にも、「これを読めば一年で京大に受かります!たぶん」と記されている事はあると思いました。とにかく合理的で無駄がありません。

 宇治原の受験までのステップは、まず、年間のスケジュールを立てる事。最初に志望校の赤本を解いてみて自分の実力と合格者のギャップを知ること。序盤での模試の結果に一喜一憂せずスケジュールの消化に集中して取り組む事。合格者の勉強時間を参考に1日の勉強時間を決める事。勉強時間のリズムを崩さないように色々工夫する事。教科書は丸暗記する事。各教科ごとに最適な勉強法に徹する事。

 まあ、これだけやれば、いい大学に受かるであろう事は想像がつきますが、実施するのは、人並みの精神力ではできません。高性能勉強ロボットとして、囃し立てられた、宇治原が、本書の中では、丸裸の状態まで分析されています。

 受験生の親に限らず、何か勉強をしている人には、とても参考になる本だと思いますので、是非ご一読ください。

2021年4月27日火曜日

ダニエル・タメット ぼくには数字が風景に見える (講談社文庫)


『7日間ブックカバーチャレンジ』番外編ラスト12日

 後輩から、ジュニアnisaと学資保険はどっちがいいかと聞かれ、学資保険はやめた方が良いとアドバイスしました。しかし、彼らは保険屋さんに定期預金より利息がつくからと勧められて、結構お得なイメージを持っているようです。これは半年前の私と同じ状態。実際は、12年コツコツ積み立てて、ようやく2%に満たない利息を得る保険です。因みに年率4%の投資信託を同額積み立てたら得られる利息は25%になります。定期預金の利息は0.002%と1万円預けて利息が20銭。確かに定期預金よりは増えるでしょうが、幼稚園児とのかけっこのようです。数学はもちろん、数字の知識は大事です。

 さて、今日お勧めする本は、数字の語学の天才による自叙伝です。

 本書の著者は障害者です。著者はアスペルガー症候群という障害を抱え、いわゆる一般の人には理解できない不安や緊張に包まれた毎日を懸命に生きています。同時に著者はサヴァン症候群という超人的な頭脳に恵まれており、数学と語学には俗人では太刀打ちできない能力を持っています。

 そんな著者の半生が素直に描かれている本書には、よく迷子になってしまうことや、人の目をみつめられないなど、著者が苦手とすることを少しずつ克服して行く姿が描かれており、そこから勇気をもらうことができました。著者の様な障害者と自分が、垣根のない連続的な存在として感じることもできました。

 読み手の障害の有無を問わず、気持ちの良いサクセスストーリーとして楽しめると思います。是非ご一読ください。


2021年4月26日月曜日

西村 賢太 苦役列車 (新潮文庫)


『7日間ブックカバーチャレンジ』番外編ラスト13日

 YouTubeなのか、本なのか、テレビなのか出典がわからないのですが、幸せは得る物ではなく、気づく物であると言う言葉を思い出しました。師匠みたいな人に、幸せになれる方法であったか何かしら、幸せに関する質問をするわけです。すると、その師匠が逆に聞き返します。今幸せかと。幸せになろうと努力していると答える質問者に、その師匠が伝えるのが、「幸せは得る物ではなく、気づく物である、今この瞬間にある微かな幸せに気づくことが出来なくて幸せを得る事は出来ない」と。どこの出典か忘れてしまいましたし、もしかしたら、色々な話をミックスしている気がしますが、そんなことを思い出しました。

 さて、今日お勧めする本は、最低な人間の最低な生き方を文章にすると、すごく文学的になることを実感する私小説です。

 主人公は北町貫太、中卒で15歳の時から日雇い労働者として日銭を稼いで過ごしています。その働き方も、バイト先まで行く電車賃を残すまでお金を使い切り、仕方なく仕事に行くような生活ぶりです。

 そんな貫太も、バイト先で出会った同い年の専門学校生である、日下部と出会い、社会に出てはじめての友達ができます。日下部と過ごす、若者らしい友達付き合いの日々も長くは続かず、生来の怠け癖などでさらに惨めな生活に落ちていくのです。

 本書の魅力はなんといっても文章表現の豊かさです。怠惰な自分を持て余し、自尊心だけは立派なため、妬み嫉み100%で世の中に相対する貫太の心情も、著者の文章力で表現すると、文学的な主人公の日常というように感じられて、そのまんま哲学的存在に化けることができるようです。とはいえ、あまりにも粗野で下品な貫太の立ち居振る舞いは、普通の人が生きていく参考にはなりそうにありません。

 初めて読んだ時の私の感想は、「骨太な文体で、破天荒な青春時代を描いた快作。文章が特徴的なので、最初のページからどっぷり作品の世界に引き込まれる。  私小説ならではの赤裸々な自己分析とその告白は、読んでいる側も自分の暗黒面をみせつけられるようで、苦味のあるおもしろさをかんじる」と言うものでした。

 ダメ人間というものに向き合う貴重な経験ができます。是非ご一読ください。


2021年4月25日日曜日

関下 昌代 反・学歴の成功法則


『7日間ブックカバーチャレンジ』番外編ラスト14日

 ゆたぼんネタが気になり、YouTubeで関連動画を見ましたが、EXITがamebaでやっている番組が良かったです。特に兼近の意見はしっかりとしていて良かった。私の見解は、以前にも述べた通りですが、学校で身につく能力は三つあると思っており、ホームスクーリングで補完しようにも、かなりのハンデになりそうだなって思っています。その三つの能力は、まずは学力、次に人間関係力、最後に順応力です。最後の順応力は、規則や組織への順応する力であり、会社をはじめとする、組織の中で生きていくためには必須の能力だと思います。

 さて、今日お勧めする本は、社会人として会社組織で最高のパフォーマンスを発揮するためには何が大切なのかを説く本です。

 本書で語られる、仕事に必要な三つの力とは、心遣い、責任感・適応力、素直さの三つです。

 本書では、高卒という学歴コンプレックスを抱え、外資系銀行など様々な職場を勤めてきた著者が、自らの経験を踏まえて仕事のコツを説いています。

 「糊を持ってくるように言われたら紙一枚を添えて渡しなさい」など、10の仕事を頼まれたら11にして返してあげるといった、気配りと思いやりに重点を置いた金言がたくさんありました。

 非常に読みやすく、一つ一つのエピソードが示唆に富んでいる良書です。是非ご一読ください。

2021年4月24日土曜日

立花 隆 田中角栄研究―全記録 上下巻 (講談社文庫)


『7日間ブックカバーチャレンジ』番外編ラスト15日

 先日のコロナに対する緊急事態宣言について、メンタリストDaigoさんがYouTubeで、反対意見を表明していました。ポイントは以下の3つ。まず、非常事態宣言がどのような効果があるのか、これまでの宣言について数字で検証した上で判断するべきである。世間に流されて宣言する事は政治家の仕事では無い。次に、そもそも、東京オリンピックを睨んだ政策のようだが、オリンピック自体不要であり、それに付き合わされて迷惑である。最後に補助金で飲食店など助けると言うが、どこから金が出るのか国民は意識するべき。補助金の幾分かは特定の利権を持っているところに流れる物であり、何年か後に復興税など、負担を求められるのは国民であると言う認識を持つ必要がある。政治家にキチンとダメ出しをしており、意見も至極もっともだと思います。オリンピックについては、私はやったほうがいいと思っていますけど。

 さて、今日お勧めする本は、時の権力者に挑んだジャーナリズムの真髄とも言える本です。

 田中角栄(ときの総理大臣)について、そのウラ側にある、金を頼みにした政治手法を様々な客観的なデータから追求したルポルタージュであり、最終的には、田中金脈問題により、角さんの政治生命(オモテの)を奪ってしまう発端となった記事を書籍としてまとめ直したものです。登記簿を一件一件調べていくなど、徹底した取材に裏付けられた、明快で論理的な文章はすごく迫力がありました。40年以上たっても色あせない、上質なジャーナリズムの素晴らしさを感じました。

 下巻では主に田中角栄その人というより、ロッキード事件を振り返り、その背景を暴くものとして書かれています。テーマの大きさ、専門的(航空業界)な内容、取材や執筆にかける時間の不足という3つの要因から、上巻に比べて少し物足りなく感じました。しかし、それにもかかわらずやはり著者の才能やエネルギーを十分感じることができる内容だと思います。

 ジャーナリズムの迫力がストレートに伝わってくる良書です。是非ご一読ください。

2021年4月23日金曜日

岡 南 天才と発達障害 映像思考のガウディと相貌失認のルイス・キャロル (こころライブラリー)


『7日間ブックカバーチャレンジ』番外編ラスト16日

 今日も出張帰りに居酒屋に寄ったのですが、今の居酒屋の低価格競争は凄まじいものがあります。300円未満でハイボールや酎ハイが飲めるのは当たり前、今日は生ビールが一杯90円でした。しかし、総じて安い店は、カウンターで常連さんと会話を楽しむなんて事は出来ずに、一人寂しくパーティションの中でひたすら酒と向き合うことになります。この時代には不適合かもしれませんが、私は不特定なコミュニケーションを楽しめる居酒屋を探し続けているのです。

 さて、今日お勧めする本は、さまざまな物事について、受ける印象が人それぞれ違うのはなぜかという問いに答える本です。

 人間の知覚では大きく分けて、視覚が優位の人と、聴覚が優位の人がいるそうです。このように、物事に対して受ける印象に個人差があるのは、五感の中での、バランスや優先順位の違いによると著者は説きます。

 本書では、まず、認知とは何かということから始まります。本書によると認知とは、人が物事を理解するために、五感を使って知ることだそうです。五感についても個人差があり、視覚が優位な人は言葉で伝えきいてもいまひとつ理解できないことも、一目見れば全て理解できるとのことです。一方、聴覚が優位な人は、言語で物事を理解しているところが強く、人の言葉を一字一句何年も覚えていることも出来るそうです。

 私にとって、印象的だったのは、相貌失認という人の顔の見分けがつかなかったり、覚えられない人がいると言うことです。顔を見て相手が誰なのかよくわからないので、声や雰囲気、仕草、持ち物など、記憶を総動員して相手を見極めるそうです。ですから、自分から話しかけることが出来ず、相手に気づいてもらうまで待っていたりするそうです。そのような人は、パーティーのように多くの人が集まる場所や、街で知り合いに声をかけられることが苦手だそうです。これははっきりとした障害として紹介されており、不思議の国のアリスを書いたルイスキャロルも相貌失認の障害を持った人だったとのことです。

 他人と自分とは受け止める印象が違う、そんな当たり前のことを改めて考え直す良い機会になると思います。是非ご一読ください。

2021年4月22日木曜日

姫野 カオルコ リアル・シンデレラ (光文社文庫)


『7日間ブックカバーチャレンジ』番外編ラスト17日

 ニュースで、コロナの第四波について、重症患者の増加により医療体制が逼迫している危険性を伝え、国民一人一人の協力による感染拡大防止を訴えていました。私は、これを見て、戦争中の大本営発表を伝えるマスコミを見ているように感じました。マスコミは、国民に負担を求める政府のメッセージを伝えてばかりいてはいけないと思います。マスコミが伝えるべきは、政府がどのように対処しているかという、権力のチェックだと思うのです。例えば、国はこの先、さらなる感染拡大など、最悪のシナリオを想定して準備しているのか?という観点から取材して伝えるべきです。今マスコミから聞こえてくるのは、「欲しがりません勝つまでは」という軍国主義的なメッセージです。改善を願います。

 さて、今日お勧めする本は、本当に心の美しい人がいたら、周りの人からどう見えるのかという実験的な小説です。

 本書の主人公は倉島泉という1950年生まれの女性です。物語は、編集者が倉島泉(センちゃん)の人生を元とした、長編ノンフィクションを書いていくという形で綴られていきます。

 センちゃんは長野の諏訪に立つ料理屋兼旅館の娘として生まれ、お父さん、お母さん、妹の深芳の4人家族です。妹の深芳は体が弱く、その病弱な事から両親に過保護に育てられ、長女のセンちゃんは幼い頃から妹の世話ばかりを押し付けられます。母親が少し癖のある人で、自分に似て美形な深芳は可愛がるのですが、センちゃんを疎ましがります。

 昔から、センちゃんは誰かのお下がりなどをあてがわれろくに物を買ってもらうことなく過ごしていますが、深芳は服でもなんでも買ってもらったり、差別されて育ちます。センちゃんは自宅の居間でちゃぶ台を上げ下げして寝起きしていますが、深芳は一人部屋を与えられています。大きくなってくると、器量良しで、成績もいい深芳と、愛想もなく、成績はそこそこのセンちゃんの扱いは周りを含めてどんどん差が広がってきます。

 しかし、どんなに差別的な扱いを受けてもセンちゃんは、常に謙虚で努力家で前向きです。中でもセンちゃんの秘密基地の話が秀逸です。センちゃんは深芳が買ってもらったオルガンの箱を与えられ、自分の秘密基地とします。そこには、深芳の書いたお団子の絵や、様々な食べ物の写真が貼ってあり、泣きそうに辛い時はそこで過ごして、涙が止まるまで過ごすのだそうです。

 それでも、自分の周りの人の幸せを自分ごとに捉えられるセンちゃんは、決して不幸では無かったと描かれています。

 幸せの本質を考えさせられる作品です。是非ご一読ください。

 

2021年4月21日水曜日

池井戸 潤 空飛ぶタイヤ 上下巻 (講談社文庫)


『7日間ブックカバーチャレンジ』番外編ラスト18日

 予備知識なしで、映画を見に行き、その作品の良し悪しを確かめるという、バカな挑戦の2回目としてシンエヴァンゲリオン劇場版に挑戦してみました。その結果は、「全くわからない」でした。途中参加はまったく許されない、閉鎖的な作品と感じました。一番印象的なのは、映画のあらすじを簡潔にまとめることが出来ない作品である事です。よく言えば、言語化できない壮大な内容の作品でした。たぶん、エヴァンゲリオンという世界に終止符を打つためだけに目的を絞って作られた作品だと思います。

 さて、今日お勧めする本は、リコール隠しという、企業の闇を切って捨てる痛快なエンタメ小説です。

 本書の魅力は、企業は顧客の利益を無視しては絶対に存続できないことをわかりやすく伝えていることだともいます。取り上げたモチーフの内容からも、社会派的な作品に仕上がっており、ベストセラーの多いこの著者の作品群でも、最高傑作と言っても良い作品だと思います。

 主人公は、赤松徳郎。90人の社員を抱える運送会社の社長です。彼の会社のトレーラーが運送中に、そのタイヤが脱輪し、そのタイヤに轢かれた33歳の若い主婦の命を奪ったことから物語が始まります。

 世間の目は、赤松の会社の整備不良による事故と考え、風評被害を恐れた荷主が仕事を断ってきたり、主要銀行が融資の申し入れを断ったり、赤松の会社、赤松運送は大ピンチに陥ります。

 赤松は、事故の原因が自分の会社の整備不良ではないと思い、その証明のために必死に取り組みます。しかし、トレーラーのメーカーである、ホープ自動車は赤松運送の整備不良と一方的に断定し、その証拠も示さず事故原因を探るために必要となる、トレーラーの部品の回収にも応じてくれません。

 そこには、財閥系大企業であるホープ自動車の、組織内での事情が深く絡んできます。本作では、沢田というクレーマー対応の課長が、ホープ自動車内のストーリーの語り手として、いかに組織の腐敗が進んでいるか、個人の倫理と組織人であることのバランスをどうとっていくのかという、難しい問題を提示しています。
 
 著者の作品ですから、もちろん勧善懲悪の痛快な小説になっているのですが、主人公赤松の苦労が半端ではなく、読んでいくのが辛くなることが多いです。それでも、自分の信じる道を真っ直ぐに進む赤松の姿に感動します。

 さらに、私が感銘を受けるのが、本作の冒頭が、亡くなった主婦の夫の想いから始まっていることです。あまりにも深い絶望と喪失感で始まることにより、本作は、単なる犯人探しの物語ではなく、責任と贖罪の物語であることを強く訴えています。

 社会で生きる一員として大切な顧客第一主義、県職員で言えば県民第一主義を深く再認識させてくれる作品です。是非ご一読ください。


2021年4月20日火曜日

加藤 陽子 それでも、日本人は「戦争」を選んだ (新潮文庫)


『7日間ブックカバーチャレンジ』番外編ラスト19日

 日本学術会議の任命問題がまだ燻っているようです。任命拒否された6人の研究者のうち、5人が学術会議の「連携会員」「特任連携会員」として活動に参加することになったそうです。さらに、19日には、元会員の方が任命拒否の撤回を求める6万人超の署名を内閣府に提出したとのことです。任命拒否をめぐっては、学問の自由が侵されたなど、物騒な言葉が飛び交っていますが、本音はどこにあるのでしょうか?なんとなく、研究費などのお金がもらえなくなって騒いでいるようにしか思えないのですが、どうなのでしょうか?

 さて、今日お勧めする本は、第一次世界大戦以降、太平洋戦争終戦までの歴史の読み解き方について、中高生への講義したものを書籍化した本です。

 著者は、日本学術会議の任命を拒否された6人のうちの一人、加藤陽子東京大学教授です。

 本書では、冒頭で歴史を学ぶ意義、暗記の学問ではない視点で、近現代史を振り返るといろいろなことを歴史が教えてくれると説いています。曰く、時々の戦争は、国際関係、地域秩序、当該国家や社会に対していかなる影響を及ぼしたのか、また時々の戦争の前と後でいかなる変化が起きたのか、本書のテーマはここにあるとのことです。

 講義を受ける生徒達も優秀で、受け答えが非常にテンポ良いです。中高生への講義という形式が、著者から幅の広い説明を導くことにつながっており、本書の内容がより深くわかりやすいものになる効果を与えています。

 太平洋戦争の戦前から戦後まで、歴史の流れを強く感じ学ぶことのできる本です。是非ご一読ください。



2021年4月19日月曜日

高野 和明 ジェノサイド 上下巻 (角川文庫)


『7日間ブックカバーチャレンジ』番外編ラスト20日

 銀行という業界は、よほど気合を入れて進化していかないと生き残っていけないようです。なぜなら、第四北越銀行などのリアル店舗がメインの銀行では、ありとあらゆるところに手数料をかけなければ、莫大な人件費を賄えません。これでは、後10年もしないうちに、ネット銀行に駆逐されてしまいます。ネット銀行では、ATM手数料どころか、他金融機関への振り込み手数料も無料。ローンの金利は安く、逆に預金に対する利息は高いです。見方を変えれば、金融業界には大きなビジネスチャンスが転がっているのかもしれません。

 さて、今日お勧めする本は、人類の進化を脅威として捉えたSFエンターテイメントです。

 主人公は、コンゴで傭兵として働くイエーガーと、日本で薬の開発を研究している大学生古賀研人の二人です。本書の魅力は、世界の端と端でまったく接点のないイエーガーと研人の二人が、人類の未来をかけた事件に巻き込まれていくところです。

 本書の鍵となるのは、人類の絶滅要因の研究をまとめた、ハインズマンレポートです。そこには、『1 宇宙規模の災害』『2 地球規模の環境変動』『3 核戦争』『4 疫病:ウイルスの脅威及び生物兵器』の4つに並んで、『5 人類の進化』とあります。進化を遂げた次世代のヒトは現生人類を滅ぼしにかかるだろうと書かれています。

 この人類の進化に対して、現生人類はどのように対峙していくのか、ホワイトハウスの大統領を第三の登場人物として、描かれています。そして、その事件にイエーガーと研人が巻き込まれていくのです。世界を舞台にスケールの大きな話がスピーディに展開していきます。

 とにかく、進化した人類の能力が凄すぎて印象的です。その他にも、登場人物それぞれが丁寧に描かれていて、物語として非常に魅力的な作品です、是非ご一読ください。

 

2021年4月18日日曜日

宮部 みゆき ソロモンの偽証 全6巻 (新潮文庫)


『7日間ブックカバーチャレンジ』番外編ラスト21日


 今日は、Suicaについて復習していました。友達が電車通勤を始める際に、定期券などの最適な方法を聞かれたことに答えるためです。私の結論は、定期はモバイルSuica、その支払いにビックカメラSuicaカードとするものです。私は、楽天カードでかなり恩恵を受けていますが、キャッシュレス決済はそのほとんどが、モバイルSuicaです。スマホを近づけるだけで支払いが終わるので、クレカ払いよりも、PayPayのようなバーコード決済よりも、圧倒的に簡単です。還元率も通常1.5%、ビックカメラでは11.5%とかなりお得です。今後は、ビックカメラSuicaカードでPayPayも始めようと考えています。


 さて、今日お勧めする本は、中学生が自分達で裁判を行って真実に迫ろうとする少しぶっ飛んだ設定のミステリーです。


 物語で追及していくのは、クリスマスイブに学校の屋上から転落して死亡した同級生について、自殺なのか他殺なのかという謎です。


 まず、素晴らしいのは、作者ならではの人物描写です。登場人物一人々々が細かく丁寧で、かつ容赦なく描かれています。さらにそれぞれが持つ人間の嫌なところも漏らさず描いているところが面白いと思いました。例えば優等生が出来の悪い友達を疎ましく思うところ等です。


 物語の中盤では、加速度的に面白くなっていきます。学校内裁判という奇抜なイベントで真実に迫ろうとする生徒たち。そして、それを妨害する大人と手をかそうという大人。皆が、事件により深く傷つき、影響を受けています。


 そこに来て、神原少年というキャラクターの登場により、ますます、事件に複雑さが出てきます。中盤では特に、学校内裁判へ証拠集めをする弁護側と検事側が少しずつ真実に迫っていくところが描かれています。読者を巧く焦らしながら、大胆にヒントを与える加減は作者が最も得意とするところですから、もう、ページをめくる手が止まらなくなります。


 最後には、学校内裁判という、ともすれば茶番に見える設定も、登場人物一人一人にとって、とても大切な儀式であったと納得できました。真相を知ることでしか、傷を癒すことのできなかった登場人物たちにお疲れ様と声をかけたくなりました。


 とにかく長い作品ですので、手をつけるのも覚悟が必要ですが、それだけの時間をかけて読む価値のある作品だと思いました。真実とは、正義とはなんなのか、考える機会になると思います。是非ご一読ください。


2021年4月17日土曜日

岩田正美 社会的排除―参加の欠如・不確かな帰属 (有斐閣Insight)


『7日間ブックカバーチャレンジ』番外編ラスト22日

 ゆたぼんという不登校YouTuberが、最近小学校を卒業して、中学にも行かないと宣言した事がネットで話題になっていました。ゆたぼんについてではなく、今回の騒動に対してだけ私の考えを書いておきます。まず、ゆたぼんの家の事はほっときましょう、よその家の事です。次に安易な学校教育批判は良くないと思います。逆に義務教育がどうあるべきかの議論は大いにするべきです。また、学校教育のメリットを学力だけで語ることと、学校教育を学力以外のメリットだけで語ることは、両方とも了見が狭いように思います。あと、私自身の経験では、歯を食いしばらないと学校に行けない事もありますが、それはそれで貴重な経験になります。人の言葉に踊らされず、子供を育てていきたいものです。

 さて、今日お勧めする本は、ホームレスやネットカフェ難民などの貧困問題を社会的なつながりや、拠りどころからの断絶を示す社会的排除論から考察する本です。

 そもそも、外来語である社会的排除とは「主要な社会関係から特定の人を閉め出す構造から生み出された現代の社会問題を説明し、これを阻止して『社会的包摂』を実現しようとする政策の新しい言葉」とのことです。貧困はその弊害の一部に過ぎません。

 本書では、ホームレス問題を主に、事例を多く挙げて論じられています。職も家もある生活から会社の倒産等ですべて失ってしまう転落型や、そもそも貧しい生まれで学校も出られず就職もできない長期排除型等、様々な事例を類型化して論じられているところがわかりやすくて勉強になりました。

 ホームレスの問題は低学歴などに起因する長期排除型を連想しがちですが、さまざまな社会的つながりからの排除が重なって、その境遇に陥る事も多く、排除の連鎖を止める努力が大事なのだと思いました。

 今、スマホなどでこの記事を読める人は、社会的排除された人ではありませんが、自分と社会の繋がりについて考える事も大事と思います。是非ご一読ください。

2021年4月16日金曜日

百田 尚樹 海賊とよばれた男 上下巻 (講談社文庫)


『7日間ブックカバーチャレンジ』番外編ラスト23日

 100円ショップのSeriaは、業界第2位の大企業ですが、Seriaの創業者の一人が新発田の出身だそうです。名前は伊藤二作さん。伊藤さんはSeriaの大株主で、資産は80億円超。そして、2019年には、新発田市に高規格救急自動車を寄付してくださるような、社会貢献の活動もされているそうです。資産80億円超という事は、3%の配当金でも月に2千万円の配当所得が手に入る計算です。お金持ちになるなら、このように、社会のためになるようなお金の使い方をしてみたいものです。

 さて、今日お勧めする本は、石油元売会社出光興産の創業者出光佐三さんをモデルにした、伝記とも言えるような小説です。

 本書の魅力はとにかく、主人公の国岡鐵造がカッコイイという事に尽きます。

 まあ、出光佐三さんをモデルにしているとはいえ、本当にこんな人がいたのだろうかと思ってしまうほど、常人には理解できない苦しい判断を下して行くところがすごいですね。物語の最初は終戦直後から始まります。その時、鐵造はすでに60歳、終戦直後の混乱期、物資も何もない状態で、鐵造の会社国岡商店の資産もほとんど失われた状態でも、鐵造は一人の社員も馘首にしないことを決断します。鐵造にとって社員は家族であり、最大の資産なのです。そんな鐵造を慕う人々が集まり、仕事も集まり国岡商店はどんどん成長していきます。

 本書を読んだ感想は、鐵造の損得よりも人を大事に思い、国のためにあろうとするその厳しい生き方に感動しました。特に戦前、会社を興して、何とか軌道に載せて行こうとする、国岡鐵造のアイデア満載の営業努力が面白かったです。

 上下巻で少しボリュームが多い小説に感じますが、波瀾万丈な展開にどんどんページが進み、大変読みやすい本ですので、是非ご一読ください。

 

2021年4月15日木曜日

カズオ イシグロ わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)



『7日間ブックカバーチャレンジ』番外編ラスト24日

 今日は午前中休みをとって、JAバンクまで行ってきました。町内会の口座の名義変更をする必要があったからです。私はJAバンクに馴染みはありませんが、うちに限らず周辺の町内会でもJAバンクを使っているところは結構あるようです。ところがJAバンクは窓口は遠いし、使えるATMも少なく不便です。できることなら、楽天銀行などのネットバンクに口座を変更したいのですが、制限がきつくて団体名義の口座を作るのは難しそうです。もう少し、頑張る必要があるようです。

 さて、今日お勧めする本は、一見普通の世界のようですが、実は完全なSFの世界を味わう小説です。

 本書は少し前になりますが、ベストセラーになった本ですから、読んだ方も多いでしょうし、結論についてもご存知の方も多いでしょうが、ネタバレになってしまっては読書体験のマイナスになりかねないので、本末転倒になりかねないので、極力最小限の紹介に留めたいと思います。

 主人公はキャシー。キャシーは提供者の介護を仕事とする介護者です。キャシーは31歳で介護者としては11年とかなり長いキャリアを持っています。物語は、キャシーの少女時代からの思い出を綴ったものですが、その思い出はどこかひっかかりのある、謎に満ちた思い出です。キャシーは、幼馴染達が提供者となり、その介護も務めていく過程で昔を思い出しています。

 キャシーとその幼馴染達が暮らしていたのは、ヘールシャムという施設です。そこでキャシー達は保護官と呼ばれる先生達に育てられて、青春時代を過ごしていました。昔の学校によくありがちな、穏やかな日常であったり、いじめや仲違いなど、様々な思い出が語られていきます。

 やがて、キャシーはヘールシャムの施設で、自分達が決して知らされることのなかった残酷な真実にたどり着きます。

 まったく説明になっておらず申し訳ありません。是非ご一読いただき、本書から真相にたどり着いてほしいです。それぐらい、本書の世界観にはインパクトがありますし、真実が明らかになった時には激震が走ります。

2021年4月14日水曜日

遠藤雅守 理系人のための関数電卓パーフェクトガイド〔改訂第一版〕


『7日間ブックカバーチャレンジ』番外編ラスト25日

 デスクワークのサラリーマンの私にとって、自前の商売道具と言えるものは数少なく、万年筆とメモ帳、関数電卓といったところでしょうか。その中でも関数電卓はじっくり考えて選んだ機種なので、非常に愛着があります。今はスマホにも関数電卓のアプリが入っているのですが、仕事で使うのはやはりアプリではイマイチなんです。定年も延長になる様なので、あと15年しっかり働いてもらいたいものです。

 さて、今日お勧めする本は、関数電卓の使い方から、数学、物理の深淵に迫る、幅の広い実用書です。

 本書は、関数電卓の選び方から、それぞれのキーの使い方、関数の役割と使い方をわかりやすく解説しているのですが、著者の電卓に対する愛情が半端ではなく伝わってきます。

 結局のところ、関数電卓の使い方はその機能と関数に対する理解の度合いにより大きく異なります。そこで著者は本書のページの大半を、関数の果たす役割と社会における応用に費やしています。著者曰く、「三角関数や指数・対数は習ったことはあるけれどもう忘れてしまった、けれどもこれから関数電卓を使い、それらの計算を行う必要がある」大学の新入生が想定される読者像であるとのことです。つまり、高校数学レベルの知識のリフレッシュに最適だということなのだと思います。

 また、各章末に添えられるコラムが、関数電卓愛に溢れており、微笑ましいです。そのようにして語られる関数に関連する説明はわかりやすく実用的です。理系の人間なら、読み物としても十分楽しめると思います。

 マニュアルとして十分実用的でありながら、楽しく数学、物理を身につけることができる本です。文系の方でも参考になるところは多いと思います。是非、ご一読ください。

 

2021年4月13日火曜日

司馬 遼太郎 項羽と劉邦 上中下巻 (新潮文庫)

  


『7日間ブックカバーチャレンジ』番外編ラスト26日

 最近の暴飲暴食がたたり、ついに1kg半以上のリバウンドをしてしまいました。まあ、昼間から休みをとって餃子の王将で飲んだり、七輪パーティーで飲み食いしたり、山菜の天ぷらをお腹いっぱい食べたり、まあわかりやすい暴飲暴食だったのですが、見事なリバウンドです。どうも人間の体は、好きなだけ食べると太る様にできている様です。しかし、いつも腹ペコいる事にも疲れてしまいます。目の前の料理に箸をつけずに捨ててしまう事も出来ません。しばらくは、酒を減らして様子を見ようと考えています。

 さて、今日お勧めする本は、中国の歴史、秦の末期から漢の成立までの、項羽と劉邦の覇権争いを描く歴史小説です。

 本書の最大の魅力は、リーダーとはどうあるべきなのかを考えさせられる点だと思います。

 上巻では、漢をひらいた劉邦と項羽の戦いを描くこの作品は、秦の時代から物語を始めています。始皇帝はまだしも2代皇帝胡亥と宦官趙高の酷い様子が描かれています。秦の法家思想を逆手に取り、法を利用して国を私物化していくのです。そして、項羽と劉邦の出自について詳しく描かれています。貴族としての項羽と、農民の出で若い頃はゴロツキとしか言えない暮らしをしていた劉邦。出だしから、世界史の授業では学べなかったリアルで重厚な中国史が学べます。

 中巻では、秦への反乱軍として同僚だった項羽と劉邦は、秦を滅ぼした後、全面的に対立して行きます。武将として満点のカリスマ性を持つ項羽と、人の話をよく聞く事以外はまるで取り柄もない劉邦。項羽に負け続ける劉邦には蕭何、張良、韓信をはじめ、様々な才能を持つ優秀な人間が集まり、臆病で戦下手で身動きが鈍くろくに文字も知らない劉邦を助けていきます。とにかく負けまくりの劉邦に何故か人が集まってくると言う巻でした。

 下巻では、劉邦は負けては逃げ、負けては逃げを繰り返しつつも、別働隊により楚軍の補給を絶ち、飢えと疲労により逆に項羽を追い詰めていきます。いざ決戦となれば必勝を信じて疑わない項羽は、軍の柔軟な運用を行えず、劣勢となり、敗走の果てに味方のはずの同郷人にとり囲まれます。四面楚歌という言葉の元となったこの窮地に項羽は負けを悟ります。不世出の軍神項羽と、凡人劉邦を適材適所で支える部下という対立の構図は、リーダーシップとフォロワーシップの比較とも言えて面白いです。そして勝負を分けたのは、劉邦軍の卑しいまでの食料へのこだわりであったところも、深いと感じました。

 政治倫理としてはもちろん、組織論としても、リーダー論としても、非常に多くの気づきを得ることが出来る作品だと思います。是非ご一読ください。

2021年4月12日月曜日

奥田 英朗 オリンピックの身代金 上下巻 (講談社文庫)


『7日間ブックカバーチャレンジ』番外編ラスト27日

 今朝のゴルフ中継には痺れました。なんと、松山英樹さんが日本人初のマスターズ優勝を決めたのです。先日の競泳の池江璃花子さんの日本選手権4冠も素晴らしかったし、アルビレックス新潟のリーグ戦7戦負けなしの好調なのもやっぱり良い。私は最近のスポーツニュースから、元気を貰いっぱなしです。やはり、コロナに疲れた世界中の人を元気にするため、無理をしてでも東京オリンピックは行うべきだと思います。

 
 今日お勧めする本は、前回の東京オリンピックの頃の時代を切り取ったミステリーです。

 本書では、昭和の高度経済成長期の暮らしぶりを作品の中で丁寧に描いていますが、その中で際立つのは、貧富の差であり、その残酷なまでの格差が本書の魅力だと思います。私は最初、本書は単なるミステリーかと思ったのですが、この作品は『蟹工船』みたいなプロレタリア文学だったと思いました。

 昭和39年の東京オリンピックに沸く東京では電気もロクに通じていない秋田からの出稼ぎ人夫が身を粉にして働いています。そんな中、主人公である秋田出身のエリート東大生島崎国男は、出稼ぎ先で死んだ兄の影響もあり、出稼ぎ人夫の労働に身を投じ、約束された将来からしだいに離れていきます。

 出稼ぎ先で死んだ同僚の骨を引き取りに来た、同僚の妻と、国男のやり取りが印象的です。書抜、妻「なんて言うが、東京は、祝福を独り占めしでいるようなとごろがありますねえ」、国男「東京だけが富と繁栄を享受するなんて、断じて許されないことです。…略…」

 下巻にに進み、爆弾魔に身を落とした島崎国男には、凶悪さというより、むしろ透明な純粋さを感じます。そんな国男と、裏街道の住人村田の、親子ほどの年の差の凸凹コンビが印象的でした。

 そのやりとりの一編。日本の発展に感心する村田に国男「それでも田舎は貧しいままです。富は東京に集中しています。利益を中央に吸い上げるための仕組みが、着々と出来ているということなんじゃないでしょうか」村田「おめはすぐにそう言うけど、東京がながったら、日本人は意気消沈してしまうべ。今は多少不公平でも石を高く積み上げる時期なのとちがうか。横に積むのはもう少し先だ」

 オリンピックに協力することが、日本人として当たり前だった時代に、東大エリートから底辺に身を落とした男の運命に、強く心を動かされました。是非ご一読ください。

2021年4月11日日曜日

田中 芳樹 銀河英雄伝説 全10巻 (徳間文庫)



 『7日間ブックカバーチャレンジ』番外編ラスト28日

 今日は、息子の遠足の準備。なんと、息子の学校の遠足ではバーベキューをやるそうで、一人一品の縛りの中、息子の担当は牛串。まずは肉を買うところから、火起こし、肉の下拵え、焼きと一通りを伝授。普段甘やかしすぎたツケをたっぷり払いました。うちの様な家庭でも子供が過保護になりがちですから、お金持ちや貴族などは、どうしたって過保護になってしまうんでしょうね。まあ、親の教育力の無さが主な原因なのは十分承知しています。

 さて、今日お勧めする本は、SFでありながら歴史小説としての魅力に溢れるスペースオペラです。

 本作品は、銀河を二分する銀河帝国と自由惑星同盟の宇宙艦隊の戦争を描くもので、銀河帝国ではラインハルト・フォン・ローエングラムと自由惑星同盟ではヤン・ウェンリーの2人が主人公として書かれています。

 ラインハルトとヤンの二人はお互い用兵の天才なのですが、それぞれよって立つところが異なります。銀河帝国の貧乏貴族として生まれたラインハルトは、幼くして母親がわりの姉を時の皇帝に奪われます。それ以来、皇帝への復讐のため、軍人として戦果を挙げ出世し、皇帝への復讐を超え銀河の覇者を目指す様になります。

 方や、自由惑星同盟のヤンは、歴史を学ぼうとしていましたが、経済的理由により、軍の士官学校の戦史科で歴史を学び、軍人となります。あくまで仕事として軍で働きますが、戦果を挙げ才能を認められたヤンは、早く引退したいという本人の意思とは裏腹に、どんどん大きな責任を負わされる様になっていきます。

 本書の魅力は、ラインハルトとヤンの戦いという物語にとどまらず、銀河を舞台とした作品世界に堂々とした歴史の流れを描き込んでいるところです。銀河帝国では、封建政治の支配者層である貴族の腐敗と、その権力争いがあり、自由惑星同盟では、民主主義という名の衆愚政治の危険性が強く描かれています。

 私は、自由惑星同盟で衆愚政治に振り回されるヤンが、「優れた独裁者による政治よりも、愚かな民主主義の方がマシだ」という信念に従い懸命に戦っているところがすごく好きです。

 とても長い作品ですが、得るものは大きいと思います。是非ご一読ください。

2021年4月10日土曜日

V・S・ラマチャンドラン 脳のなかの幽霊 (角川文庫)


『7日間ブックカバーチャレンジ』番外編ラスト29日

 娘の自転車から補助輪を外しました。本人は怖がって、先延ばしにしていたのですが、半ば強引な決定です。いざ練習を開始してみると、不思議な方向へ倒れていき、バランスをとるなどという次元ではありません。感覚がつかめるようになるまで、だいぶ長いお付き合いになりそうです。しかし、『感覚をつかむ』という言葉もうまい表現ですね、脳の中のぼんやりした感じと技術を習得するはっきりした感じをうまく組み合わせているように思います。

 さて、今日お勧めする本は、脳という器官の不思議を一般の人に向けて伝える本です。

 本書では、脳の不思議を、著者が治療した患者の症例や、実験の結果などから紹介しています。例えば、幻肢と言って、事故や手術などで手足を切断した後も、失われた手足があるように感じている患者があるそうです。幻肢は時に耐え難い痛みを覚えることがあるそうなのですが、肝心の手足がないためその痛みに対する治療ができません。幻肢の治療として、鏡を使った錯覚を利用する方法などが紹介され、その中で知覚と脳の不思議な関係を知ることが出来ます。

 他にも、赤いものを赤いと感じたり、痛いものを痛いと感じたりする、主観的な生の感覚をクオリアと呼ぶそうなのですが、そのクオリアについてもさまざまな不思議な話がされています。

 脳の研究という非常に高次元な話を、多くの症例や実験の話題を通して興味深く身近な問題として捉えることのできる良書です。是非ご一読ください。


 

2021年4月9日金曜日

岸良 裕司 最新版・三方良しの公共事業改革


『7日間ブックカバーチャレンジ』番外編ラスト30日

 自分もそうだったのですが、後輩の指導で一番聞く悩みは、スケジュール管理が上手くいかないということ。今更気付いたこの悩みへの処方箋は、締め切りを自分で引くこと。他人が決めた締め切りだけに頼りっぱなし、自分で何をいつまでやるというスケジュールを立てない限り、スケジュール管理の力はつかないんですよね。結果として、いわゆる一夜漬け、火事場のクソ力でやり切る状態におちいります。そういう私は今でもスケジュール管理はまるで出来ていません。

 さて、今日お勧めする本は、土木工事の工程管理を軸に、仕事のレベルアップとやりがいのアップを目指す指南本です。

 本書が説く二つの要点は、仕事の目標設定を見直すこと(ODSC)と工程の引き方(CCPM)です。

 一つ目の仕事の目標設定は、自分の仕事は何のためになるのか、とことん追い詰めて考えると、社会のためにどう役立つのかというところに行き着きます。そこまできちんと意識して仕事に取り組めば自然と仕事の品質は向上します。

 もう一つの、工程の引き方は、多くの人やグループで仕事に取り組む時、作る工程はどうしてもそれぞれの人やグループ毎に、締め切りを作ってしまうため、どうしてもそれぞれに余裕を持たせた無駄に長い工程となってしまいます。それを改善する手法は、各工程の余裕を削り、全体で余裕をマネジメントする工程管理を取り入れることで、最大の能力を発揮できるチームを作り上げることができるとの事です。

 本書は、土木工事を題材に論じられているため、土木工事だけのノウハウのように見えがちですが、全ての仕事を向上させるコツだと思いますので、是非ご一読ください。

 

2021年4月8日木曜日

重松 清 流星ワゴン (講談社文庫)


 『7日間ブックカバーチャレンジ』番外編ラスト31日

 新学期が始まり、息子が先日、部活で使うスパイクをメルカリで買っていました。息子曰く、あと2ヶ月しか使わないんだから、新品買うの勿体ないでしょ。っと、すでに引退を意識した物言いです。じゃあ、2ヶ月後すぐに売れば、買った時と近い値段で売れるねと言ったら、「最後のスパイク何だから、もっと大事に持っておきたいよ」おっしゃる通り。本当に一生懸命取り組んできたことの伝わる言葉でした。息子はすでに自分にとって何が最適かを決断できるまで成長している様です。

 さて、今日お勧めする本は、父親と息子という関係をこれでもかと掘り下げた感動小説です。

 主人公の永田一雄は、妻から離婚を迫られ、息子は中学受験に失敗し引きこもりとなり、自分は会社からリストラされるという、人生のどん底にいます。そして、癌で闘病中の父を見舞いその帰りです。一雄は、父とは不仲ですが、田舎に見舞いに帰ると父が用意してくれるお車代の五万円をあてにして、見舞いに通っているのです。

 そんな、見舞い帰りの一雄が、つい死んでしまいたいという思いに落ち込んでいきます。その時、目の前のワインカラーのオデッセイに誘われ乗り込み、不思議な時間の旅に出ます。運転手は橋本さん。5年前に家族旅行で交通事故を起こし、息子と共に即死した人です。助手席に乗っているのは健太くん。橋本さんと一緒に即死した息子さんです。

 すでに死んだ人間である橋本親子と旅する先は、最低な現実に至るターニングポイントとなった大事な時間を追体験し、やり直しをする旅のようです。そして、その旅では、現実世界では不仲であった父親も自分と同い年まで若返り、チュウさんという朋輩として同行します。この不思議な四人の傷を癒す旅です。

 とにかく、泣けます。一雄とチュウさん、一雄とその息子、そして橋本親子。それぞれの父と息子という関係が徹底的に描かれています。不思議な世界で出会った一雄と同い年の父親チュウさんのやりとりがとても良いのです。子供の頃は理解できなかったチュウさんの事もいつのまにか受け入れられるようになっていることに一雄は気が付いていくのです。

 息子との関係に悩みがある人にはもちろん、悩みのない人にも癒し効果のある本だと思います。是非ご一読ください。

2021年4月7日水曜日

横関 大 チェインギャングは忘れない (講談社文庫)



『7日間ブックカバーチャレンジ』番外編ラスト32日

 この春の人事異動で最大の幸運は、かつての憧れの上司だった人が改めて自分の上司として赴任してきたことです。これまで、その人を目標に頑張ってきたのですが、どこまで近づけたのでしょうか?

 さて、今日お勧めする本は、将来の夢を聞かれて、カッコいい男になりたいと言いたくなる。そんな小説です。

 主人公は、水沢早苗と航平の親子。並行して神崎、黒木の刑事ペアによる、犯人探しがサイドストーリーとして添えられています。

 まず、早苗は一人息子の航平と暮らす未亡人のトラックドライバー。そんな二人の元へ、記憶喪失という修二が転がり込んできます。その頃、刑務所に移送中の護送車がおそわれ、脱走した囚人の中に、大貫修二という名前があります。

 サイドストーリーの神崎、黒木ペアは、脱走囚人と連続殺人鬼サンタクロースを追っています。

 本書の魅力は、修二のかっこよさだと思います。将来の夢を聞かれて、カッコいい男になりたいと答えた修二が逆に格好いいです。本書では、全篇をとおして、カッコいい男とはどう言うものかということに徹底的にこだわってかなり痛快な小説に仕上がっています。

 どんでん返しが、本書最大の魅力だと思うので、あまり多くをかたる事は出来ないのですが、熱い本です。是非ご一読ください。

 


2021年4月6日火曜日

池井戸 潤 七つの会議 (集英社文庫)


『7日間ブックカバーチャレンジ』番外編ラスト33日

 最近、改めて世の中の金融機関の多さに気付きました。銀行だけでも、メガバンク、地方銀行、ネット銀行、信用金庫など数多くの銀行が営業しています。多くの金融関係者が、お金を右に左に動かすことだけを生業にしていますが、この業界がヤバいのは、ネット銀行の成長が著しく、コストの高い銀行は死活問題に足を突っ込んでいるということ。コストの裏には必ず人の暮らしがあります。それをどうやって軟着陸させるか、とても難しい課題を抱えているようです。

 さて、今日お勧めする本は、コストカット競争に日々明け暮れている、製造業の正義について考えさせられる小説です。

 物語の舞台は、東京建電という、大手総合電機ソニックの子会社のメーカーです。本書は8話にわたる連作短篇の形で進行し、それぞれ、定例会議、経営会議、環境会議など、それぞれの話に会議が登場する。世の中の仕事には本当に会議が多いと感じさせる。

 それぞれの短篇では主人公が変わりながら、東京建電でどういったことが行われ、それぞれがどのように関わったかを描きながら物語が進んでいきます。

 登場人物それぞれは、偉い立場もいるし、弱い立場もいます。正義に燃える人もいるし、悪意のままに真実に迫る人もいます。バラエティ豊かな登場人物を通じて、メーカー経営の苦労や、物づくりの尊さなど働く意義などを多面的、立体的に表現しています。

 私は本書から、コストに対する無限の追求は、何か大事なものを失う端緒になってやしないかと、恐怖を感じました。だからこそ、正しく働くという事が何よりも大切なことであると考えさせられました。まあ、なんだかんだ言って、著者の勧善懲悪の物語はとても爽快で気持ちがイイです。是非ご一読ください。