2021年3月7日日曜日

内田 樹 街場のメディア論 (光文社新書)

 


『7日間ブックカバーチャレンジ』番外編ラスト63日

 今日は、万代島美術館で開催されている『岡本太郎展』を観に行って来ました。岡本太郎といえば太陽の塔が代名詞ですが、展示内容も大半が大阪万博に関するものでした。さすが、芸術家だけあって、生命の根源を言語に頼らず伝えているようでした。岡本太郎氏については、以前紹介した『自分の中に毒を持て』が素晴らしいのですが、その本で語られた世界が今回の展示から感じられて非常に満足でした。ただ、岡本太郎氏に打ちのめされた1日でした。

 さて、今日お勧めする本は、新聞やテレビといった既成メディアの凋落はどうして起こるのか、その根本的な原因を明らかにする本です。

 本書は、メディアへの就職を希望する女子大生への講義をまとめ、加筆修正されて発行された本だそうです。

 これまでも「テレビの大罪」など、多くのメディア批判に関する本を紹介して来ましたが、本書はさらに踏み込んで、マスコミ凋落の原因を明らかにしています。

 本書の主旨は、「メディアの不調はそのまま我々は受信側の知性の不調による」ものだそうです。現代のメディアを批判するのは、他人事ではありません。常套句のように定型化したメディア批判から離れる必要があると説いています。

 まず、現代のメディアの凋落は、ジャーナリストの知的な劣化がインターネットの出現により顕在化してしまったことによるものだそうです。なぜそう言えるかというと、メディアの価値は、「そこにアクセスすることによって、世界の成り立ちについての理解が深まるかどうか」で決定されるからだそうです。

 この他にも、マスメディアが没落して行ったら次はどんなメディアモデルが登場するのか、コピーライトについてなど、興味深いテーマが目白押しです。

 メディアに関するこれからの展望も見えてくると思います。是非、ご一読ください。

2021年3月6日土曜日

カミュ ペスト (新潮文庫)


『7日間ブックカバーチャレンジ』番外編ラスト64日

 NHKで、WHOのテドロス事務局長が、新型コロナウイルスのワクチンの知的財産権の保護を一時的に停止すべきと主張したとのニュースを見て、自分の新型コロナに対する認識を改める必要を感じました。これまで新型コロナはインフルエンザみたいなヤバい風邪くらいに感じていました。しかし、これは日本が高度な医療技術と行き届いた医療インフラ、キチンと自粛に応じる従順な国民性に恵まれて来た結果によるイメージでした。実際日本だけで見れば、一人当たり感染者数や死者数がかなり抑え込まれており、個人的には緊急事態宣言なんて全く意味不明に感じています。しかし、世界に目を向けるとこの病気で亡くなる人は後を立たず、すでに死者数は250万人を超えています。早く終息することを祈っています。

 さて、今日お勧めする本は、十万人を超える市民を抱える都市に感染症が発生し、その災禍との戦いを強いられる市民を描く小説です。

 舞台はフランス領アルジェリアの都市オラン。主人公は医師リウー。主な登場人物に、旅行者でありながらペストで苦しむ市民のためボランティアで働くタルー、小説家を夢見る市役所の臨時職員のおじさんグラン、犯罪者でペストのどさくさに紛れ逃亡中のコタール、仕事で滞在中の新聞記者でパリの恋人の元に帰りたい一心のランベール。

 物語は4月に鼠の大量死が発生し、謎の熱病が流行り死者が増えたことでペストの可能性にリウーが気が付きます。その後も見えない敵に襲われるように死者が増え、ペストの感染拡大防止のためオランのロックダウンが決定されます。

 登場人物は否応なくこの災厄により、これまでの日常を失い、患者の看病などペストとの戦いに巻き込まれて行きます。そして、ペストとの戦いの疲れと、ロックダウンの閉塞感により、リウーを含め登場人物たちは限界まで疲弊して行きます。ようやく、ペストに対する血清の製作に成功するかというところで、突然状況は改善して、ペストは沈静化して行きます。

 新型コロナの感染拡大による今の状況が、本書で語られる状況に似ていると話題で、本書もかなりブームになっているようです。確かに、当初ペストの脅威に向き合えず、手を打とうとしない県知事の姿や、ロックダウンにより観光をはじめとする経済がダメージを受けていくところなどは、現在と酷似しています。
 
 しかし、本書のテーマは、オランという一都市がペストの災難に遭うという不条理に、巻き込まれる様々な人物を描くことであり、そこから逃げ出そうとするランベールや、そこに居心地良く暮らすコタールなどが存在しているのです。そこは決して今の新型コロナの状況とは違う話なので、なんの参考にもなりません。

 しかし、この災禍に立ち向かう人々の姿には今に通じる人間の強さや崇高さを感じました。若干言葉遣いが古臭く読みづらい本だと感じましたが、是非ご一読ください。

 

2021年3月5日金曜日

辻井啓作 なぜ繁栄している商店街は1%しかないのか

 


『7日間ブックカバーチャレンジ』番外編ラスト65日

 新発田市にある京セラの工場が来年3月で閉鎖されるそうです。これまで、新発田に雇用と税金を提供してくださった事に大変感謝しています。残念ながら、工場と運命を共にする方々の苦難が少しでも軽いものであるよう祈っています。あらためて、日本の国際競争力が自分の身の回りに直結していることに驚きました。国際間における経済戦争は他人事ではありません。

 さて、今日お勧めする本は、商店街の活動がほとんどうまく行っていない理由を解き明かしてくれる本です。

 本書の主旨は、商店街の最大の社会的役割は本業の商売でいかに消費者に支持されるサービスを展開するかという事。決して、まちづくりや地域おこしでは無いという事です。

 まちづくりや地域おこしは、それが成功したら一番のリターンを得る地主や市役所がリスクを取るべきだとの事です。

 この意見を煙たく感じる方も多いと思いますが、私は至極もっともな事だと思います。宝塚や田園調布を開発し発展させたのは、デベロッパーであり地主であった企業ですし。それぞれ、自分の資産を最大化させるための仕事です。

 こう言った企業とほとんどボランティアで成り立つ商店街組合などを一緒くたにはできないとあらためて思いました。確かに、地域おこしを行えるパワーなどにかなりの差が出来そうです

2021年3月4日木曜日

D・カーネギー 人を動かす 文庫版


『7日間ブックカバーチャレンジ』番外編300日目

 いよいよ、ブックカバーチャレンジ番外編も300日に到達しました。最近は、この記事を書くことで、一杯一杯になってしまい、新しい本を読む暇がありません。しかし、残りあと65日続ければ、1年となりますので、もう2ヶ月なんとか続けて行きたいと思っています。最初は100日くらい続けて終わろうと思っていたのですが、紹介したい本を絞り込む事が出来ず、ズルズルと続けて来ました。これから先は、とっておきのお勧めの本ばかりになって来ますので、是非最後までお付き合いいただきたいと思います。

 さて、今日お勧めする本は、タイトルとは逆に、人を思い通りに動かすなんて無理ですよ!って言う本です。

 本書は、1936年に初版が発行されて以来、度重なる改訂を加え、著者の死後26年後に改訂された1981年版を翻訳したものです。まさに人間関係を語る古典として、多くの人に知られる本です。

 本書の主旨は、人を思い通りに動かす事はできないよって言うことだと思います。本書の冒頭を飾るのは、多くの人を殺した凶悪な殺人犯も死刑に処されるときに、「自分を守ってきただけなのに、こんな目に遭うなんて酷いと」考えていたという事例です。

 凶悪犯ではない我々は尚のこと、自分は正しいと信じて生きています。自分が間違っていると考えて生きている人はいません。ですから、自分の考えを押し付けたり、人の過ちを指摘したとしても、絶対に自分の思う通りに人は動いてくれないのです。

 少しでも、相手を動かし自分の求める方向に事態を進めていくには、次のことが大切になります。一つは相手が正しいということを認めること。相手の「自己の重要感」を満足させるよう誠実に率直に褒めること。最後に相手の立場に立って相手が強い欲求を起こすような提案をしていくこと。以上が、人を動かす三原則とのことです。

 他に、人に好かれる六原則、人を説得する十二原則、人を変える九原則が語られています。それぞれ、相手に働きかけるテクニックのように見えて、一番大事なのは、相手の立場にたち、相手の欲求に働きかけるなど、相手任せにするためのテクニックです。あまりにも相手に譲りすぎのように見えますが、それが相手の行動を導く最善手のようです。

 この本の内容を理解すれば、職場のパワハラ、モラハラは無くなってしまうのではないかと思います。是非ご一読ください。

 

2021年3月3日水曜日

渡辺 一史 こんな夜更けにバナナかよ 筋ジス・鹿野靖明とボランティアたち (文春文庫 わ)

 

 

『7日間ブックカバーチャレンジ』番外編299日目

 東京パラリンピックまで半年を切っているので、朝のニュースでは、パラリンピック競技や代表選手などの特集が増えています。正直言って、私はパラリンピックはあまりにもカテゴライズやルール上の縛りが多く、スポーツとして認めていないところがありました。しかし、よく考えるとスポーツってそもそもがルールやカテゴライズが前提の競争だと気付いたのです。つまり、パラリンピックこそ、スポーツの本質を突き詰めた大会はないと言っても過言ではなかったのです。限られたカテゴリーの中で、決められたルールにより、自分を突き詰め、競い合う競技の祭典。東京パラリンピックが無事に開催されることを祈っています。

 さて、今日お勧めする本は、各々が持っているであろう障害者と健常者の線引きを破壊するインパクトのある本です。

 本書は、進行性筋ジストロフィーという難病にかかり、1日4人、1年でのべ1460人のボランティアに世話されなければ生きていけない鹿野靖明さんの生涯と、彼を世話するボランティアの回想録からなるドキュメンタリーです。

 鹿野さんがすごいのは、生きていくために必要な事が、一人では何一つできない人だという事です。立って歩くことはおろか、ご飯を食べることも、字を書くことも、寝返りも打てないし、呼吸もできません。全てボランティアや医療機械に支えてもらうことにより、彼は命をつなぐ事ができるのです。

 もっとも、同じような病をやんでいても、高額な医療費を払い、病院で命をつなぐ人もいるでしょうし、肉親の必死の介護により生きている患者さんもいるでしょう。しかし、鹿野さんの凄いところは、それらから自立しているところです。もちろん障害のため、ボランティアに支えられる事が前提ですが、彼は自立しています。自分でボランティアを確保し、ボランティアのシフトを組み、ボランティアを養成しながら、彼は自立しているのです。

 鹿野さんとボランティアの関係性は、決して支えられる人と、支える人というものではありません。そこにはお互い足りないものを補い合う、相互補完の関係だと感じました。片や人の世話にならなければ生きていけない鹿野さんも、ボランティアの人たちの役に立ってたと強く感じました。

 昔からよく、人の世話になって人に迷惑をかけるな、という教えを叩き込まれて来たように思いますが、本書を読んで間違いに気が付きました。それは、人の世話になる事と、人に迷惑をかける事は全く違う事だという事です。

 真夜中にバナナが食べたくなったら、隣で寝ているボランティアを起こして、食べさせてもらう。障害のため、一本食べることにも時間がかかり、ボランティアがもういいだろう、寝させてくれと言下に伝えても、もう一本おかわりする。生きることの真理が含まれているのかもしれません。

 『障害者』『ボランティア』という言葉に持つ先入観を変える一冊です。障害者、ボランティア双方から、ただ生きるという大きなテーマを掘り下げた名著だと思いました。是非ご一読ください。

2021年3月2日火曜日

窪 美澄 晴天の迷いクジラ (新潮文庫)


『7日間ブックカバーチャレンジ』番外編298日目

 昨夜のNHKの番組「逆転人生」がとても良かったです。東京電力の社員三人が、それぞれに原発事故の被災者に対して真摯に向き合っている姿が感動的でした。これが仕事上のことだけであれば、それまでのことですが、その社員三人は、個人的にもボランティアや被災地への移住などで、なんとか被災者の力になりたい、自分たちの罪を償いたいと言う気持ちで10年間生きてきたようです。どれだけ彼らに責任があるのかわかりませんが、十二分に誠実さが伝わってきました。再放送はわかりませんが、NHK+で多分観られると思います。

 さて、今日お勧めする本は、どれだけ辛いおもいをしていても、生き残ることは出来るはずだよって言う、心のサバイバル小説です。

 登場人物は、デザイン会社での激務と失恋で鬱を発症した由人、そのデザイン会社の社長で経営に行き詰まり自殺を図ろうとする野乃花、異常なほど過保護な母に追い詰められリストカットにはしる女子高生正子。この3人が一台の車で、湾に迷い込んだクジラを見に小さな旅をします。

 それぞれ抱えた心の闇は深いのですが、クジラを見ると言う一つのシンボルがやがて3人をそれでも生きるしかない。という思いに導いていきます。

 かなり重く感じる内容でしたが、読後感は凄くいいです。 作品全体から伝わってくるのは母親という存在と意義でした。実際、作中では、様々な母親が描かれています。病弱な長男を偏愛するあまり家族をおかしくしてしまう母親、子供を捨てる母親、子供を玉の輿に乗せようとする母親、神経質で過保護な母親、女手一つで懸命に子供を育てる母親。

 どの母親のエピソードも、読んでいて苦しいほど、リアルに伝わってきます。そして、その母親とは対照的に祖母という存在が二人、とても柔らかく描かれていて、ホッと、心が暖かくなりました。

 穏やかな海もひとつ迷えば、そこから抜け出せず、死に落ち行ってしまいます。タイトルも納得の作品です。是非ご一読ください。

 

2021年3月1日月曜日

武論尊 下流の生きざま


『7日間ブックカバーチャレンジ』番外編297日目

 3月になりました、医療従事者400万人へのコロナワクチンの優先接種が始まります。多分、この400万人は普段コロナ患者の治療にあたっていない医療従事者なのでしょう?そうでなければ、400万人も医療従事者がいて、医療崩壊するというのは、理解できないからです。医療に従事していれば、普通の人よりコロナの感染リスクが高いこともあるでしょうから、まあ良いのでしょうが、1万人程度の新規感染者で医療崩壊を起こすようなことはしないでほしいですね。

 さて、今日お勧めする本は、私も大好きな漫画原作者による人生指南本です。

 この本最大の魅力は、ヒット作を連発し圧倒的な実績を残した筆者が飛ばす、「努力しろ」と言う檄の力強さです。全力で努力して結果を残している人ですから、その言葉の破壊力は、無限大です。

 タイトルどおり、想定している読者層は下流です。社会に歴然としてある格差にもがく者たちは、どんな戦略を取るべきなのか?そこは、何の変哲もなく、どんな道を行くにしても大事なことは努力と継続との事です。

 そして、下流であることを素直に認め、失うものは何もないのだから上を目指して進んでいくしかないと説きます。そんな中でも、努力が限界まできたら、休むことも必要です。ただ休むのではなく、前に進むために休むのです。

 結局、自分をどの程度客観視できるかが、大事な力のようです。逆境と向き合い、決して卑下することなく、自分が勝負できる場所で、出来る努力を継続して、下流から一歩抜け出すのです。

 あと一歩前に進みたい時、力をもらえる本だと思います。是非ご一読ください。